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「物語」
みどりの夜に

みどりの夜に

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つるべ落としがすとんと落ちて、あたりがほの暗くなった秋のある日。
ぼくは森の入口に立つと、ふうっと大きく息をして、いま来た方をふり返りました。
 夕やみに包まれた街は、色とりどりの街灯が星くずをちりばめたようにまたたき、向こうの山のきわは、わずかに残った夕焼けでオレンジ色に縁取られています。
 ぼくはぼんやりとそれをながめてから、口の中でさよならを言うと、森に入りました。

 森の奥はいっそう暗く、細い道がほんの少し白っぽく浮き上がって見えるばかりです。
 普通ならこんな時間に、好きこのんで森に来る人なんかいないでしょう。
 もちろんぼく自身、つい3日前までは思いつきもしなかったことです。
 もしだれかが、この時のぼくの姿を見たら、きっとまともな人間とは思わなかったでしょう。頬はこけて青ざめていましたから。

「おや、若い人。こんな時分にめずらしいね」
 低く、張りのある太い声が、突然ぼくの耳に聞こえました。
 正直のところぼくはぎょっとして、ブルブルッとからだがふるえました。でも、妖怪とか化け物とか、非科学的なものは信じないたちのぼくは、ただの空耳だと思って無視したのです。
 すると、声の主はぴったり同じ速さでぼくについてくるではありませんか。そして、
「まあ、急ぐなって。よかったらわたしにつきあわないか?」
と、ぼくの肩をつかんだのです。たまらずぼくは大声を上げました。
「う、うわあ」
「おっと、これは失礼。おどかす気はないんだよ。この先にコーヒーのおいしい喫茶店があるから、誘ってみたんだ」
 ずいぶんあやしい話です。だって、今頃こんな森の中に人がいて、しかもこの奥に喫茶店があるなんて。
 でも、ぼくはいっしょに行くことにしました。もし、この人が脱獄犯とか逃走中の殺人犯だとしたら……? 
 もちろん疑いました。けれど、その方が都合がいいと、ぼくは思ったのです。

 ところがその店は本当にありました。
 ちりりん。
 ドアを開けると、かわいらしい鈴の音がしました。迎えてくれたお店のママさんは、モスグリーン色のドレスが似合う、中年のほっそりした美人です。
「いらっしゃい、クロキさん。あら、お友だち?」
「ええ、たった今知り合った、ね。そうだ、君の名前は?」
「あ、あの、イタヤです。イタヤハジメ」
 クロキさんは大きくがっしりしていて、まるでクマのような人です。
「ママさん、いつものを。君は何にする? コーヒーでいいかい?」
 口ごもっているぼくの顔をのぞき込んだママさんは、にこっと笑って言いました。
「バラのお茶はいかが? 元気が出るわ」
 ピンク色のお茶が運ばれてきました。中にはバラのつぼみが丸ごとひとつ入っています。
「花びらが開いたら飲んでくださいね」
 お店の中はランプのあかりで暖かく落ち着いた雰囲気です。バラの甘い香りがとてもよくあいました。
 そのお茶は不思議な味でした。まずくはないけれどおいしくもない。
 でも、暗闇の中にぽっと小さなあかりがともったような、そんな気持ちにさせてくれたのです。
 クロキさんはコーヒーです。一口飲むと、
「うーん、やっぱり山のわき水で入れた、タンポポのコーヒーは最高だね」
と、バリトンの声で歌うように言ったので、ぼくは驚きました。
「タンポポのコーヒー? それにわき水なんて。消毒は?」
 すると、クロキさんとママさんはおなかを抱えて笑いました。
「君は面白いことを言うねえ。消毒なんて。薬を使う方がよっぽど体に毒だよ」
 クロキさんはしばらく笑い続けました。

 ちりりん。
「まあ、いらっしゃい。タナカさんとツネモトさん」
 サラリーマンふうの男の人がふたり入ってきました。タナカさんは丸い感じ、ツネモトさんの方はやせていて、なんだかぼくにはタヌキとキツネのコンビのように見えます。
「こんばんは。ママさん、クロキさん。おや、そちらの方は?」
 ツネモトさんがぼくを見ました。
「新しいお客さん。クロキさんのお友だちよ」
「イタヤです。よろしく」
と、ぼくが自己紹介すると、タナカさんが、
「ほう、イタチくんか」
と言ったので、ぼくはむきになりました。
「イ、イタヤです!」
「そういえば、イタチに似ていなくもないな」
 クロキさんがにやにやしています。ぼくは目をそらして、ずずっとお茶をすすりました。

 そのあとも軽やかな鈴の音とともに、次々とお客さんがやってきて、お店はたちまち満席になりました。
 みんな常連のようですが、聞いたこともない飲み物や料理を注文するので、ぼくは葉っぱの形をしたメニューを見てみました。
(どんぐり粉のパンケーキ。冬イチゴのタルト。アケビのステーキだって?)
 夜の警備員だというフクロダさんは、目が疲れたからといって菊の花のお茶を注文しました。子供が寝たので一休みに来たという主婦のオノさんはきれいな赤い色をしたガマズミのソーダ水を飲んでいます。
 赤ら顔のトオヤマさんがほおばっているのは、スベリヒユと柿の葉の天ぷらです。ぼくは真面目に聞いてみました。
「ここは自然食のお店ですか?」
 たちまち店中にどっと笑いが起こりました。
「いや、お若いの。食べ物ってのはみんな自然からの恵みに決まっとるじゃろ。ここのはみな、この森でとれたものじゃよ」
と言ったのは、一番年長らしい白ひげのノロさんです。
「自然食というなら、不自然食というのはどんなもんですかな」
 トオヤマさんのことばに、レトルトやインスタント食品ばかり食べていたぼくは、恥ずかしくなりました。
「でもねえ、実際、本物を食べる人は少なくなりましたよ」
 小柄なアカメさん夫婦がため息をつきました。
「果物や野菜を市場に売りに行くと、土が付いてるからいやだと言う人が多くて」
「なんとふとどきな。土にはたくさんの栄養があるのに!」
と、テーブルを叩いたのはブルドーザーの運転手のイノさんです。すると、シマさんというおばあさんがおだやかに言いました。
「そうですとも。土は大切です。枯れ葉や動物の排泄物が肥料になって、雨がうるおいを与えてくれるから、植物は育つんですよ」
 それに続けてフクロダさんが言いました。
「とくに森が豊かなほど、川も海もきれいにして、魚も育てるんだ」
「え? 森が魚を育てる?」
 ぼくがびっくりしていると、今度はクロキさんが言ったのです。
「そう。降った雨が一度に川や海に流れないように、森の木々が根でしっかり土を抱いてがけ崩れをくい止めているんだ。そうでないと、土砂で水が汚れるだろ? 汚れたところに生きものは育たない。だから、森がなくなると、海も死んでしまうんだ」

 ぼくは少しも知りませんでした。というより、聞いたことはあっても興味がないので覚えていなかったのです。
 今までぼくは、みんなよりいい学校に行って、高い給料をもらえる仕事につくことばかりに熱心でしたから。
 しかもぼくが住んでいるのは山をくずし、木を切り倒して土を掘り返したところに建てた大きなコンクリートの固まりです。
 みんなは声を揃えて力強く言いました。
「森は命の源なんですよ!」
「命のみなもと……」
 ぼくがつぶやくと、ノロさんが、
「そうじゃよ、お若いの。みんな空気を吸って生きてるじゃろう。動物も人間も、植物も昆虫も。その空気をつくりだしているのは?」
と、聞いたのです。
 でもぼくはすぐにことばがでませんでした。息をするのは当たり前すぎて、いちいち考えたこともなかったからです。電気や機械で便利な生活をする方が、より人間的で高度だと信じていたのです。
「えーと、しょ、植物です」
 ようやく答えると、みんながまた声を揃えました。
「そのとおり!」
 それからママさんがカウンターにほおづえをついて、遠くを見るような目をして言いました。
「森のみどりがきれいな空気をつくりだして、地球をおおっているんです。もう、気の遠くなるような大昔から……」
 やさしい沈黙が少しの間、店中を包みました。

 ところがふいにツネモトさんがその沈黙を破ったのです。
「その命の源である森で、命を捨てようなんていうふとどきなやつがいるんだよね」
 すると、オノさんが甲高い声で、
「そんな人は、おしりぺんぺんですわ」
といったので、ぼくはびくっとして思わず身を縮めました。すると、そんなぼくを見てタナカさんが聞きました。
「おや、きみ。どうしたんだい?」
「い、いえ、なんでも」
 あわてたぼくは残ったお茶をいっきに飲もうとして手がすべり、ガチャン! と、カップを落としてしまいました。
「す、すみません。ごめんなさい」
 割れたカップを拾おうと、あわててしゃがんだぼくに、手伝おうとして手を伸ばしたクロキさんがそっと耳元でささやきました。
「どう? 考え直したかい?」
「え?」
 ぼくがきょとんとしていると、ママさんもそばに来て、肩をぽんと叩いたのです。そのとき、イノさんが叱るような口調で言いました。
「いくじがないのさ。ちょっとやそっとのことで死のうなんて」
 はっとしてぼくはイノさんの方を見ましたが、みんなはかまわず話を続けています。アカメさんの奥さんは同情的でした。
「だけど、今はたいへんよ。せっかく就職してもリストラなんてあるし。未来に絶望して死にたくなるのもわからなくもないわ」
「それでも生きていれば、必ず何かみつかるものですよ。生きがいが」
 シマさんがまるで諭すように言いながらぼくをみると、みんなの視線がいっせいにぼくに注がれました。
 なんということでしょう。ここにいる人たちには全部お見通しだったのです。
「そうさ。自然はまわりまわって、それぞれが大切な役目をしている。どんな小さなことでもひとつだって欠けてはいけないんだ。人間の社会だって同じことさ」
 クロキさんがぼくの肩に手を置きました。大きな大きな温かい手です。
 みんなのことばはまるで水のようにぼくの胸にしみこんで、涙があふれて止まらなくなりました。他人の思いやりに感激して泣くなんて、生まれて初めてのことです。
 ママさんが新しくお茶を入れてくれました。
「どうぞ。今度はキンモクセイの花のお茶」
 ぼくは黄金色のそのお茶を、ゆっくりとすすりながら目を閉じました。
 キンモクセイの豊かな香りは、身体中をつつみこんで、いやなことをみんな忘れさせてくれたのです。

 目を開けると、ぼくは大きなブナの木の根元にたったひとりですわっていました。空が白んできて、もやが立ちこめています。
「ママさん。みんな!」
 ぼくの声は森の木々にこだまして、しだいにざわめく葉ずれの音にかき消されていきました。
 奇妙なできごとでしたが、ぼくは素直に信じる気になりました。というのも、森の清涼な空気が力をくれたような気がしたからです。
 そうしてぼくは、とりあえず家に帰ろうと、朝もやの中を歩き出しました。ところが、方向もわからずやみくもに歩いたため、足を滑らせて土手を転げ落ちてしまいました。
 ずでーん!
「いたたたた」
 お尻をさすりながら立ち上がると、頭の上でクスクス笑う声がします。見上げたぼくは痛みも忘れるほどびっくりしました。
 なんと! 土手の上から顔を出したのは、クマにタヌキにキツネにシカ。それとイノシシ、オコジョにウサギです。木の枝にはシマリスとサルとフクロウがいました。
「ま、まさか。きみたちが!」
 ぼくは急いで土手をはい上がりました。
 けれど動物たちはさあっと逃げてしまったのです。追いかけましたが、さっきのブナの木のそばで見失ってしまいました。
 ぼくはブナの梢を見上げて言いました。
「ありがとう。ママさん、みんな……」

 ぼくは晴れ晴れとした気分で家に帰りました。みると、おしりには赤ちゃんのような青いあざができています。生まれ変わってやり直せというメッセージなのでしょうか。
 実際、新しい仕事を見つけ、その仕事になれたころ、あざはきれいになくなったのです。
 ぼくは郊外の木造の家に引越しました。といっても、古くて割安の借家です。
 なにもかもじぶんでやる不便さはかえって気持ちよく、ぼくは以前よりずっと健康になりました。

 あれから2回ほど秋がめぐってきましたが、最近ぼくはあることに気がつきました。
 それは、満員電車の中でいつも見かける顔ぶれの中に、急に生き生きしてきた人がいるのです。
 そういう人がひとり増えるたびに、ぼくはうれしくなって、こう思うのです。
 きっと、あの森に行ってきたに違いないと。
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~ Comment ~

NoTitle 

ステキなお話ですね。
元気のない人へ送るメッセージ。
緑いっぱいの自然の中で、一度でも二度でも何回でも・・・
大きく深呼吸すれば、気持ちがリセットできそうですね。

アリーノさん 

おはようございます。
夕べはありがとうございました。
hirosanさんはやっぱり、使い方がおわかりにならないで退室されただけだったようです。
きっとまたきてくださると思います。

海もいいけど、緑の空気も気持ちがリフレッシュされますよね(*^_^*)
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